はじめに
不動産投資の世界では、「デットクロス(debt cross)」という話がしばしば出てきます。
「法定耐用年数を超えて融資を受けるとデットクロスが生じて云々」 「減価償却費が少なくなるとデットクロスが生じて云々」 「元本返済が増えるとデットクロスが生じて云々」
しかし、こういうデットクロスの危険性を云々している議論を見ていると、 ちょっと違和感を感じるんです(^_^;
というわけで、今回はデットクロスについて書いてみたいと思います。
※本コラムは私の個人的な見解を述べたものです。 一つの意見としてお読み頂ければ幸いです。
デットクロスとは何か
はじめに、デットクロス(debt cross)の定義を確認しておきましょう。 (「デッドクロス(dead cross)」と呼ばれる場合もありますが、使われ方は同じです)
一般的にデットクロスには2つの定義があります。
- 定義1:「元本返済>減価償却費」となるところがデットクロス
- 定義2:所得税が増えてキャッシュフローがマイナスに転じるところがデットクロス
いずれの定義でも、本質的に問題としているのは、 所得税の増加により、収支が回らなくなる ということです。
所得税は利益(課税所得)に対してかかります。 利益の定義は以下の通り。
これに対して、実際の手取りはどうかというと、以下のようになります。
つまり、減価償却費が減ると利益が増え、所得税も増えるという案配です。 また、元利均等返済において、元本返済が増えると金利返済が減り、 利益が増えるのでやはり所得税は増えます。
所得税が増えると、手取りが減り、収支が回らなくなる。 この現象を指して、ある時点で「デットクロスになる」と言うわけです。
上記が一般的なデットクロスの話ですが、 この話には大きく2つの問題点があります。
1. 「所得税が増える=収支が回らない」とは限らない
「法定耐用年数を超えて融資を受けると減価償却切れでデットクロスが生じて云々」 という意見があります (厳密に言えば法定耐用年数というよりは減価償却期間ですが)。 たとえば法定耐用年数22年の新築木造アパートに、30年の融資を組んだ場合などです。 23年目から減価償却費がなくなりますので、 所得税が増え、キャッシュフローがマイナスになるというわけです。
また、「元利均等返済で元本返済の割合が増えるとデットクロスが生じて云々」 という意見もあります。 元利均等返済の場合、返済が進むとともに経費にできる金利の割合が減り、 経費にならない元本返済が増えるため、 所得税が増え、キャッシュフローがマイナスになるというわけです。
しかし、確かに計算上所得税は増えるんでしょうが、 所得税が増えたら必ずキャッシュフローがマイナスになるんでしょうか?
そんなことはありません。 なる場合もあれば、ならない場合もあります。
これはそもそも、 減価償却がなくなったり元本返済が増えたりした程度で 収支が回らなくなるような買い方に問題があると言えます。 具体的に何が問題かというと、 そもそも返済比率が高すぎる のです。
どうも巷のデットクロスの言説では、 所得税の増減しか論じていない ケースが多いのですが、 支出で大きな割合を占めるのは所得税よりもローン返済 でしょう。
最悪のケースで手取(キャッシュフロー)を試算してみましょう。 家賃収入1000万、運営費200万、減価償却費ゼロ、全額元本返済の場合を考えます (普通はあり得ませんが…)。 税率は30%としておきましょう。
すると、所得税は以下のようになります。
=(家賃収入-運営費)×税率
=(1000万-200万)×30%
=240万
確かに、運営費以外に経費が計上できないので、 税額は高くなります。
ここから、返済比率60%、50%、40%時の手取を計算します。
返済比率60%の場合
=家賃収入-運営費-元本返済-所得税
=1000万-200万-600万-240万
=-40万
返済比率50%の場合
=家賃収入-運営費-元本返済-所得税
=1000万-200万-500万-240万
=60万
返済比率40%の場合
=家賃収入-運営費-元本返済-所得税
=1000万-200万-400万-240万
=160万
いかがでしょうか。
返済比率60%の場合、満室でも手取りがマイナスになるため、 デットクロスが起こり得ると言えます。
しかし、返済比率50%以下で満室の場合、 減価償却費がゼロであろうが、全額元本返済であろうが、 理論上デットクロスは起こりません。
従って、返済比率を無視してデットクロス云々を議論しても、 あまり意味がないと言えます。
なお、返済期間が短いほど、返済比率は上がることになります。 例えば上述の新築木造アパートの例で言えば、 30年返済よりも22年返済のほうが返済比率が高くなるため、 利回りにもよりますが、その間の収支は苦しくなるでしょう。 そういう状態で22年間も持ちこたえる必要があるわけです。 つまり、 デットクロス云々以前に、途中で破綻してしまう可能性が高まる わけで、 それでは元も子もないということです。
2. 物件単体で所得税を論じるのは「木を見て森を見ず」
さらにこちらはより根本的な話なのですが、 そもそも物件単体の収支において所得税を論じている時点で、 いささか的外れな議論になっていると思います。
所得税とは、どこにかかるのでしょうか? 所得税は物件単位ではなく事業者単位でかかる のです。
従って所得税の算出は、その事業者が持っている すべての物件、事業、給与の損益を通算して行います。 1つの物件の償却が足りなくなったとしても、 他に償却の取れる物件があればよく、 新たに中古物件を取得することで償却を稼いでもよいわけです。
前述のアパートの話で言えば、 購入から30年間、他に物件を一切買わず、事業もやらず、何とも通算せずにいれば、 物件単体でのデットクロスの議論も意味があるのかもしれませんが、 前提条件としてはかなり限定的で不自然と言わざるを得ません。
つまり、物件単体だけを見て「デットクロスが云々」と論じたところで、 そもそも事業全体の収支が計算できるわけもなく、 それは言ってみれば「木を見て森を見ず」な議論なのであり、 あまり意味はないのではないでしょうか。
ただ、確かに、減価償却費が減少したり元本返済が増加すれば、 所得税は増える方向に作用します。 そういった 税金の仕組みを理解しておくこと自体は大事 なことです。
事の本質は、損益と収支の乖離です。 いわゆるデットクロスの話は、現実にはそぐわないものの、 減価償却費と元本返済が所得税にどういう影響があるかについて理解するために、 限定的な状況で頭の体操をするにはいいのかもしれません。
そこが理解できたら、定型的なデットクロス論は卒業して、 事業者として収支全体のバランスを見ながら、 事業戦略を考えていくことが大事なのではないかと思います。
まとめ
- 所得税が増えて収支が回らなくなるのは、そもそも返済比率が高いから
- 所得税は事業者にかかるのであって、物件単体の計算だけ見てもあまり意味はない
- 減価償却費と元本返済が所得税にどういう影響を及ぼすかを理解しておくのは大事
- 事業者として収支全体のバランスを見よう