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2014/04/19 update
2014/04/16 create 右翼と左翼の再定義

右翼と左翼の再定義

【目次】

  1. はじめに
  2. 現状の「右翼」「左翼」の確認
  3. 現代の「右翼」「左翼」における問題点
  4. 「右巻き」「左巻き」に一工夫加えて使ってみよう
  5. 「何か」を整理しながら現状を整理してみよう
  6. よくある疑問とその回答
  7. 我々はどこを目指すべきなのか
  8. まとめ
  9. おわりに

はじめに

現代において、いわゆる「右翼」や「左翼」と言った言葉は、 各種メディアやネット上など世の中で頻繁に使われています。

しかし、その定義と用法についてはかなりの混乱が見られるのではないでしょうか。

少し例をあげてみましょう。

  • 愛国心を持つ者は右翼
  • 人権派弁護士は左翼
  • 自衛隊支持者は右翼
  • 共産主義者は左翼
  • 日の丸を掲げる者は右翼
  • 労働組合は左翼
  • 保守派は右翼
  • 売国奴は左翼
  • 天皇陛下を慕う者は右翼
  • 反原発運動家は左翼
  • 石原慎太郎は右翼
  • 鳩山由紀夫は左翼

…はい、もうわけがわかりません(笑

では一体、何が「右」で、何が「左」なのか。 むしろ、何を「右」と考え、何を「左」と考えれば、スッキリするのか。 また、「右翼」「左翼」に代わる言葉はないか。 そういったことを考察してみました。

※本コラムは私の個人的な見解を述べたものです。 一つの意見としてお読み頂ければ幸いです。

現状の「右翼」「左翼」の確認

まずは「右翼」「左翼」の由来と、現代の定義を確認してみましょう。

「右翼」「左翼」の由来

以下はWikipediaの「右翼」の項より。

「右翼」と「左翼」の語はフランス革命の間に作り出された。「右翼」は、国民議会で旧体制の維持を支持する勢力(王党派、貴族派、国教派など)が議長席から見て右側の席を占めた事に由来する。

以下はWikipediaの「左翼」の項より。

「左翼」「右翼」の語源はフランス革命である。「左翼」という表現は、革命後の国民議会で議長席から見て左側の席を、共和派や世俗主義などの急進派が占めた事に由来する。

というわけで、「右翼」「左翼」はフランス革命後の国民議会での議席の位置関係から生まれたわけですね。 意味的にはざっくり言えば、「右翼」が旧体制派、「左翼」が改革派、となるでしょうか。

現代の「右翼」「左翼」の定義

では、現代における「右翼」「左翼」の定義はどうなっているのでしょうか。

以下はWikipediaの「右翼」の項より。

右翼(うよく、英:right-wing, rightist, the Right)または右派(うは)とは、 保守、愛国心、国粋主義的な思想の傾向を指す。 一般に、伝統的な社会秩序や価値の維持や、 伝統的に形成された社会的地位や身分などの社会的成層への支持を表すために使われる。 類義語には「保守」や「守旧」など、対義語には「左翼」や「革新」などがある。 また「右派」や「左派」は、各集団や勢力の内部で、 更に相対的に「右」「左」を示す場合にも使用されている。

以下はWikipediaの「左翼」の項より。

左翼(さよく、英:left-wing, leftist, the Left)または左派(さは)は、 政治においては通常、 「より平等な社会を目指すための社会変革を支持する層」を指すとされる。 「左翼」は急進的、革新的、また、革命的な政治勢力や人を指し、 社会主義的、共産主義的、または、無政府主義的傾向の人や団体をさす。

うーん…基本的にはフランス革命時の定義の延長なのでしょうが、 伝統とか、共産主義とか、なんだか色んなことが派生して書いてありますね。

現代の「右翼」「左翼」における問題点

定義が膨らみすぎて混乱している

フランス革命の頃の「右翼」「左翼」の定義が現代と合っていなくても、 それは「言葉の由来」ということでひとまず良しとしましょう。 言葉の持つ意味が時代に合わせて変化していくのはよくあることです。

私が問題だと思うのは、現代の「右翼」「左翼」の定義とその用法です。 Wikipediaの説明を一通り読んでもわかるとおり、 言葉の定義がかなり曖昧なことになっています。 (Wikipediaの説明が悪いという意味ではなく、 このように曖昧に書かざるを得ないような状態が現状である、ということです。)

結局のところ、「右翼」も「左翼」も色々な要素を含みすぎていて、 一体何を指しているのかよくわからないことになっています。

前提が欠落したまま使われている

なぜ現代の「右翼」「左翼」の定義が混乱するのか?

それは、フランス革命の頃の「右翼」「左翼」は、「旧体制に対して」という前提があったのに対し、 時代が変わった現代では、「何に対して」という前提が欠落したまま使われているからだと思います。

「右翼」「左翼」というと、1つの軸の両側、というイメージがありますが、 現実には、軸は1つではなく、たくさん存在しているわけです。 (国家、日本、資本主義、会社、自国の産業、etc...)

複数ある軸を省略したまま「右翼」「左翼」と呼んでいる。 これでは混乱するのも無理はないと思います。

言葉自体が意味を表していない

言葉自体の問題として、「右翼」「左翼」という言葉の分かりにくさがあります。 単純に考えれば、右の翼と左の翼。何ですかこれ、鳥ですか?(笑

もはや、「右翼」「左翼」という言葉自体が、 その言葉の持つ意味を表さない記号になってしまっており、 分かりにくさに拍車をかけているように思います。

「右巻き」「左巻き」に一工夫加えて使ってみよう

では、どうするか。

「右翼」「左翼」と同じような意味で使われる言葉として、 「右巻き」「左巻き」という言葉があります。 これに一工夫加えて使うことにしましょう。

私はこの言葉のほうが「右翼」「左翼」よりユーモアのある感じがして好きなのですが、 ただ「右翼」「左翼」を「右巻き」「左巻き」に 置き換えただけではあまり意味がありません。

そこで、この「巻き」という言葉の持つイメージをうまく利用して、 現状をより分かりやすく表現するための、 新たな定義と用法を提案してみたいと思います。

「右巻き」「左巻き」の定義と用法の基本形

まず、一般的な右ネジをイメージします。 ネジは、右へ巻けば締まり、左へ巻けば緩みますね。

ここから、以下のように考えます。

  • 右巻き→しまる→強化
  • 左巻き→ゆるむ→弱化

この、「右巻きによる強化」と「左巻きによる弱化」を、 以下のようにイメージしてみます。

巻きの方向としては、ネジを上から見ているようなイメージですね。

そして中心には「何か」があります。

この、

  • 「何か」に対して強化する方向へ作用するのが「右巻き」
  • 「何か」に対して弱化する方向へ作用するのが「左巻き」

と定義します。

そして用法としては、「何か」を○○だとして、

  • 「○○に対して右巻き」
  • 「○○に対して左巻き」

という形で使用します。

上記が、「右巻き」「左巻き」の新たな定義と用法の基本形です。

「何か」とは何か

「右巻き」は「何か」を強化し、「左巻き」は「何か」を弱化する、と考えました。 ではこの「何か」とは何なのでしょうか。

ここがいわゆる「軸」に当たる部分で、強化や弱化の対象を表します。

「何か」は任意で設定することができます。 よく使われるであろう「何か」の例を示します。

  • 国家、政府、体制、権力
  • 資本主義、民主主義
  • 日本、アメリカ、EU
  • 自国の産業、文化、伝統
  • 会社

現代で「右翼」「左翼」が語られる際には、 「国家」「日本」「資本主義」などの「何か」は、 暗黙の前提として省略されてしまっているように思います。 その省略された「何か」の認識が、人によって異なるために、 単に「右翼」「左翼」と言うだけでは混乱してしまうわけです。

ですので、本コラムで提唱している「右巻き」「左巻き」においても、 「何か」つまり「何に対して」の強化なのか弱化なのかという部分は 大変重要な要素になります。

ちなみにこの「何か」は多元的に存在するものなので、かぶることもあります。 例えば、「国家」と「日本」と「政府」という概念は 一部かぶっています。 しかし、かぶっていたとしても何ら問題はありません。 かぶっていようがいまいが、 それぞれについて「右巻き」「左巻き」を考えていけばよいのです。 その「何か」をどのように設定するかは、任意です。

また、一人の人間が、ある「何か」では「右巻き」、 ある「何か」では「左巻き」ということも当然ありえます。 例えば、自分の国に対しては右巻きでも、 自分の勤める会社に対しては左巻きな人も いることでしょう(笑

「何か」に「国家」を入れた場合

概念の説明だけではピンとこないと思いますので、 一例として、「何か」に「国家」を入れた場合を図解で見てみましょう。

少し、イメージがついてきたのではないでしょうか?

国家に対して右巻き、とは、国を強化する方向、つまり、 保守派、愛国心、国防、全体主義といった、人や組織、思想などが該当します。

逆に、国家に対して左巻き、とは、国を弱化する方向、つまり、 リベラル派、反体制、人権派、個人主義といった、人や組織、思想などが該当します。

基本は上記のようなイメージですが、 まだピンとこない人のために、もう少し補足を入れてみましょう。 「国家」と相対する概念としての「個人」の関係を、 「右巻き」「左巻き」の視点で書き加えてみます。

こんな感じになります。

例えば、「国家に対して左巻き」な人々の場合、 国家と対立し、 個人の人権や平等を掲げ、全体主義的なものを嫌い、 減税や補助金や高福祉を要求し、 より多く国家から個人へ富を分配させようとします。

対して、「国家に対して右巻き」な人々の場合、 国家と共存し、 国力の強化のために義務と責任を果たし、 個人の自由や権利を多少犠牲にしてでも、 国全体で強く豊かになっていこうとします。

要は、

  • 国家を弱化しようとするものは「国家に対して左巻き」
  • 国家を強化しようとするものは「国家に対して右巻き」

ということです。

このように右と左を抽象化して考えれば、 定義でいちいち混乱することなく、 現状を整理することができます。

「何か」を整理しながら現状を整理してみよう

というわけで、 新しい定義で「右巻き」「左巻き」、そして「何か」を表にまとめてみました。

よく使われる「何か」の場合

「何か」は任意だと言っても、定番の「何か」というのはあります。 それを以下に示します。
左巻き
(弱化)
何か
(何に対して?)
右巻き
(強化)
リベラル派
人権派弁護士
反政府ゲリラ
総じて税金に否定的
高福祉を要求
自由と権利を主張
国家 保守派
警察・検察
治安部隊
必要な税金には肯定的
自助努力を重視
義務と責任を果たす
野党 政府 与党
反日国家(中国・韓国・北朝鮮)
共産党・社民党・民主党
河野洋平・福島瑞穂・鳩山由紀夫
朝日新聞・毎日新聞
日本国 親日国家(台湾・トルコ・その他多数)
自民党保守派・旧太陽の党
安倍晋三・麻生太郎・石原慎太郎
読売新聞・産経新聞
旧ソ連・中国・北朝鮮 民主主義 アメリカ・日本・EU・キューバ?
旧ソ連・キューバ・北朝鮮 資本主義 アメリカ・日本・EU・中国
環境保護団体 経済発展・国益 公共事業・開発業者
新自由主義
移民賛成
リベラル派
自国の産業・伝統・文化 保護主義
移民反対
保守派
労働組合 会社 経営陣

こうして並べてみると、 いわゆる現代の「右翼」「左翼」の分類とあまり相違はないかと思います。 ただ、その中には暗黙の「何か」が複数潜んでいるということが明示されています。

これらの「何か」は色々な範囲で存在しているため、 重なり合っていることもあります。 例えば、「国家」と「日本国」と「自国の産業」などは、かぶる部分もあります。 どういったスコープ(範囲)で捉えるかは、状況によります。

なお、注目したいのは中国で、 昔は民主主義に対しても資本主義に対しても「左巻き」であったのに対し、 現在は民主主義に対しては「左巻き」でありながら、 資本主義に対しては「右巻き」、 つまり共産主義から資本主義方向へシフトしました。 いわゆる「アカ」と呼ばれる勢力であっても、 その中には複数の要素を持っているわけです。

つまり「右巻き」「左巻き」で混乱しないためには、 中心にある「何か」が何なのかを常に意識する必要があるということです。

参考までに、「民主主義」と「資本主義」という2軸での 国家の位置関係を見てみましょう。 (民主主義の対立概念を独裁主義、資本主義の対立概念を共産主義と置いてみます。)

上記は私のイメージなので、正確性は保証できませんが、 「軸は複数ありうる」ということの説明図として捉えて頂ければ幸いです。

あまり使われない「何か」の場合

では、「何か」を、通常あまり使われないもの (例えば通常使われる「何か」の対立的概念など)に 置き換えるとどうなるのでしょうか?
左巻き
(弱化)
何か
(何に対して?)
右巻き
(強化)
保守派
警察・検察
治安部隊
国家に忠誠を誓う
石原慎太郎
国家の無い平坦な世界 リベラル派
ヒッピー
反政府ゲリラ
自由と権利を主張
鳩山由紀夫
公共事業・開発業者
地球環境を悪化させる人や国家
地球環境 環境保護団体
地球市民(鳩山由紀夫)
国家等の権力機関 個人 人権派弁護士
アメリカ・日本・EU 共産主義 旧ソ連、キューバ、北朝鮮
アメリカ・日本・EU 独裁主義 旧ソ連・中国・北朝鮮

このように、今まで「右巻き」と考えられてきたものが「左巻き」に、 「左巻き」と考えられてきたものが「右巻き」になります。 つまり、「何か」が何なのかによって、「右巻き」「左巻き」の中身は 変わってくるということです。

ただ、一般的には「国家」を「何か」に置くことはあっても、 「国家のない平坦な世界」を「何か」に置くことはないでしょう。 従って、「何か」は通常「国家」になるのであり、 「リベラル派」が左、「保守派」が右、という 位置関係が一般的な認識となるわけです。

「何か」が対立関係にある場合の「右巻き」と「左巻き」

「右巻き」「左巻き」には「何か」という前提があると述べましたが、 対立する「何か」があった場合、それぞれの「右巻き」と「左巻き」は どのような関係になるのでしょうか。

「何か」が、対立する「日本」と「中国」であったと仮定してみましょう。

さらに、ちょっとややこしいのですが、 それぞれの「右巻き」と「左巻き」を以下のように設定してみます。

  • 「日本に対して右巻き」=日本の保守派、石原慎太郎
  • 「日本に対して左巻き」=日本の人権派、鳩山由紀夫
  • 「中国に対して右巻き」=中国の保守派、中国共産党
  • 「中国に対して左巻き」=中国の人権派、ダライ・ラマ

すると興味深いことに、対立する「何か」同士において、 それぞれの「右巻き」と「左巻き」は相性が良いことが分かります。

「日本に対して右巻き」である石原慎太郎氏は、 「中国に対して左巻き」であるダライ・ラマ氏と親しいそうです。 また、北京オリンピックの聖火リレーの時、 周りで「フリーチベット!」と叫びながら チベットの旗を振っていたのは誰でしたでしょうか? 「中国の人権派」と「日本の保守派」でしたね。

逆に、「日本に対して左巻き」である鳩山由紀夫氏は、 「中国に対して右巻き」である中国共産党とは相性が良いわけです。 中国共産党の招きで南京大虐殺紀念館を訪れ謝罪した鳩山由紀夫氏は、 中国の保守派から「良心的日本人」として絶賛されました。

図解にすると、こんな感じです。

如何でしょう。 敵の敵は味方、というところでしょうか。

なお、日本と中国が対立しているため、 「日本の保守派」と「中国の保守派」の仲は、当然ながら最悪です(笑

ちなみに、「日本に対して左巻き」である「日本の人権派」は、 反日国の人権侵害に対しては沈黙します。 中国共産党がいくら人々を弾圧していても、見て見ぬふりです。

「何か」が協調関係にある場合の「右翼」と「左翼」

今度は逆に、協調する「何か」があった場合、それぞれの「右翼」と「左翼」は どのような関係になるのでしょうか。

例えば、同盟国である日本とアメリカの場合はどうでしょう。 「日本に対して右巻き」な人々と「アメリカに対して右巻き」な人々の仲は 基本的には良いと言えるでしょう。 国家に対して右巻きな存在である軍隊、 つまり自衛隊とアメリカ軍は密接な協力関係にあります。

逆に、「日本に対して左巻き」な人々は、 「アメリカに対して右巻き」な人々に対しても嫌がらせをします。 例えば、日本の過激派は、沖縄等のアメリカ軍基地に対して 妨害行為を繰り返していますね。

ただ、いくら同盟国とは行っても、例えばTPPなどの貿易協定交渉においては、 「自国の産業」に対して右巻きな思想同士はぶつかることもあります。 国家と国家、という大きな枠で見れば同盟国ですが、 自国の経済、自国の文化、相互の安全保障、等々、 「何か」のスコープの選び方によって、 協調していたり対立していたりが入り乱れていることになります。

「何か」は大雑把すぎても細かすぎても分かりにくいことになるので、 話の文脈に合わせて、適切なスコープを選択していくことがポイントです。

よくある疑問とその回答

ここでは、「これって何で左翼と呼ばれるの?」的な、 よくありそうな疑問について、 「何か」と「右巻き」「左巻き」による整理を行いながら、 (独断と偏見で)回答してみたいと思います。

なぜ安倍政権は「右翼」と言われるの?

「右翼」を「国家に対して右巻き」と言う意味で回答します。

基本的にすべての政府は自国に対しては右翼です。 韓国の朴槿恵政権も右翼、中国の習近平政権も右翼、ロシアのプーチン政権も右翼です。 また、北朝鮮のような超独裁政権に至っては真性の極右と言えます(笑

従って、日本の安倍晋三政権が右翼であっても何らおかしいことではありません。 政府が「自国を強化する」方向に作用しようとするのは、 国際的にみて普通のことだからです。

ただ、世間一般的には「右翼」という言葉自体にイメージの悪さがありますので、 「日本という国家に対して左巻き」な人々が、 「日本という国家に対して右巻き」な安倍政権のイメージ低下を狙い、 「右翼」というレッテルを貼って攻撃しているということです。

さて、では「左翼政権」という言葉がありますが、これは何なのでしょうか? 政府なのに左翼、というのは矛盾していないでしょうか? これは、「資本主義に対して左巻き」であるということです。 旧ソ連やキューバなどの共産主義政権、がこれに当たりますね。 (しかし彼らも自国に対しては右翼です。)

ちなみに、「資本主義に対して左巻き」なのではなく、 「国家に対して左巻き」な人間が政権を取ったら、何が起こるでしょうか。 答えは「国家が崩壊していく」です。 「左巻き」というのは、「何か」を弱化する方向に作用しますから、 そんな人間が政権を握ったら、国家はどんどん弱体化します。

近年、日本はそれを経験しました。そう、民主党政権ですね。 あの時は社民党までも連立として加わっていました。 全員とは言いませんが、彼らは「国家に対して左巻き」な傾向がありました。 おかげで日本という国家がどんどん弱体化していったのは、 皆さんご承知の通りです。

なぜ「反原発」だと左翼と呼ばれるの?

「左翼」を「国家に対して左巻き」と言う意味で回答します。

これは、原発と国力の関係を考えてみるとわかります。 原発をなくすとエネルギー調達コストが上がり、国の富が外部へ流出します。 また、資源を外交に利用されるリスクも高まります。 つまり国力が削がれるということです。 国力が削がれるということは、言い換えれば国家が弱体化するということです。 これはまさに、「国家」に対して「弱化」する方向、 つまり「国家に対して左巻き」であるということになります。

ただ、事故などによる放射性物質の拡散によって地球環境が悪化し、 人間含めた生物全体が不利益を被るといったリスクは確かに無視できません。 従って、安倍政権の唱える「原発依存度を減らしつつ、 ある程度の期間をかけて、自然エネルギーを含めた エネルギーのベストミックスを追求する」というのは、 国益と環境のバランスを考えた、現実的な方針だと思います。

反原発勢力に過激派が混じっているのはなぜ?

「過激派」を「国家に対して左巻き」な勢力として回答します。

反原発の中でも特に「原発即時ゼロ」を唱える勢力には、 いわゆる中○派などの過激派が含まれています。 一見無関係にも見える、反原発運動と過激派とが結びつくのは、なぜなのでしょうか。 それは、過激派は国家を敵視しているためです。 「国家が弱れば何でもいい」ので、 国益を毀損する「原発即時ゼロ」の主張とは相性がいいというわけです。

なぜ「反○○」には左翼が多いの?

「左翼」を「何かに対して左巻き」なものとして回答します。

「何か」に対して「弱化」する方向が「左巻き」なので、 必然的に「反」がつきやすい、ということです。 「反政府」「反体制」「反原発」「反戦」「反核」「反米」「反日」…と、 たくさんありますね(笑

なお、左翼は、「何か」を「弱化」させた挙句、「何か」が無くなってしまうと、 「弱化」させる対象が無いために自分が存在できないという、自己矛盾を抱えています。 労働組合は「会社」があるから存在でき、 反体制ゲリラは「体制」があるから存在できるわけです。 反原発運動は、本当に原発がなくなったら存在意義を失います。

何かのアンチとして存在するのが左翼、といってもいいかもしれません。

なぜ左翼のなかに「環境保護」を叫ぶ人が多いの?

「左翼」を「国家に対して左巻き」なものとして回答します。

環境を守ることは人類にとって大切なことです。 ただ、行き過ぎた環境保護は国益を毀損する場合があります。 従って、「国家に対して左巻き」な人々は、 「国益を毀損してでも環境を守れ」と言うわけです。 そういう行き過ぎた人々が、いわゆる「エコテロリスト」と呼ばれるわけです。

なぜ左翼のなかに「人権保護」を叫ぶ人が多いの?

「左翼」を「国家に対して左巻き」なものとして回答します。

個人の基本的人権を守ることは人間社会にとって大切なことです。 ただ、行き過ぎた権利主張は国益を毀損する場合があります。 従って、「国家に対して左巻き」な人々は、 「国益を毀損してでも人権を守れ」と言うわけです。 そういう行き過ぎた人々が、「人権」「反差別」を標榜しながら、 いわゆる生活保護の不正受給を促進していたり、 外国人参政権の推進をしていたりします。

「環境」も「人権」も、人間が生きていく上で大切な要素です。 しかし「国家に対して左巻き」な人間は、 こういった大切な要素を不正に利用して 国家を弱化させるような活動をするので、 売国奴だの何だのと呼ばれてしまうわけです。

なぜ人権派弁護士は、被害者でなく加害者の人権だけを擁護しようとするの?

「人権派弁護士」が「国家に対して左巻きな思想」を持っていると仮定して回答します。

いわゆる人権派弁護士にとっては、加害者の人権を守るというより、 加害者が犯罪者として警察などの国家機関に拘束されている時点で、 「国家権力に虐げられている人」とみなすからではないでしょうか。

「国家に対して左巻き」である人権派弁護士にとって、国家は悪であり、敵なのです。 国家機関に捕らわれた加害者に肩入れすることで、 国家権力と対決し攻撃することができます。 つまり、国家を弱化させる活動のネタが、 たまたま国家機関に捕らわれた加害者であるということです。 (被害者は国家機関に捕らわれませんから…)

そのことを証明するかのように、 彼らは「人権」を標榜する傍ら、加害者の人権だけを声高に叫び、 被害者の人権には言及しません。 人権は全ての人に等しく存在するはずなのに、 殺人犯に殺された人やその遺族の人権に対しては興味を示しません。 それは、被害者側へ肩入れしても国家を弱化させることにはつながらないからです。

もちろん、純粋に個人の人権に寄り添う良心的な人権派弁護士もいるとは思いますが…

左翼に「ネットワーク」「連帯」「団結」といったつながり系のワードが目立つ理由は?

「左翼」を「何かを弱化するもの」として回答します。

左翼は「何か」の縦の体制に対峙して、横の拡がりで構成されることが多いためです。 例えば、会社という「何か」に対して、賃上げを要求する労働組合は、 労働組合同士で横の連合を作ります。

また左翼の場合、「何か」が「国家」であれ「会社」であれ「資本」であれ、 「個人」「自由」「人権」「反差別」「反体制」「環境保護」といった キーワードが共通することが多いため、 似たもの同士でつながりやすい性質があるのだと思います。

左翼が、日本の国旗国歌、警察、自衛隊、安全保障政策などを叩くのはなぜ?

「左翼」を「日本という国家に対して左巻き」なものとして回答します。

「日本という国家に対して左巻き」な人々は、戦前の軍国主義を忌避するあまり、 国家権力による健全な国家運営までも否定してしまう思考に陥っているためです。 また戦後の自虐史観教育により、 日本という国家を象徴する国旗や国歌、天皇などに対して、 アレルギー反応を示しヒステリックに反対を叫ぶ体になってしまっています。

なお、インターネットの発達に比例し、 ネットから様々な情報を取れるようになった若い世代は、 昔の世代よりも中立的で多様な思考を身につけていると言えます。

左翼って、どんな世界を目指しているの?

「左翼」とは「何か」を「弱化する」存在です。 従って、左翼の行き着く先は、国境も上下もない平坦な社会です。 国家や資本など「集中的な何か」すべてを弱化させていくと、 行き着く先は、個だけがネットワークとして存在する、 平等で平坦で凹凸のない世界です。 これが左翼の理想世界、ユートピアとなります。

しかし、そんな社会はありえません。 原始時代や動物ですらそんな平等な社会はありません。 従って、左翼の理想が実現されることは、現実的には永遠にないと言えます。

人々の平等を追求するという意味では、共産主義がこれに近いかと思いますが、 結局共産主義国家は成功することなく衰退してしまいました。

左翼が「地球市民」を名乗るのはなぜ?

「左翼」を「国家に対して左巻き」なものとして回答します。

「国家に対して左巻き」な人々は、国家というものを否定したいのです。 だから「日本国民」ではなく「地球市民」などと言うのです。

鳩山由紀夫氏がかつて、 「地球益」「国というものがよくわからない」という発言をされましたが、 これこそまさに「国家に対して左巻き」な思考を天然で体現した、 後世に残る名言(迷言?)と言えるでしょう。

右巻きや左巻きの思考に伴う快感ってあるの?

「左巻き」な人々は、「公」より「私」を大事にする傾向があります。 「弱者に寄り添う」「個人の感情に共感する」といったことに、 脳がジーンと快感を覚えます。 これが「左巻きの快感」です。

「右巻き」な人々は、「私」より「公」を大事にする傾向があります。 「何かに忠誠を誓う」「滅私奉公」といったことに、 脳がジーンと快感を覚えます。 これが「右巻きの快感」です。

人は快感を求めて生きる生き物です。 右にも左にも快感があるのだということを理解すると、 お互いを理解しやすいかもしれません。

我々はどこを目指すべきなのか

「右巻き」も「左巻き」も行き過ぎると破綻する

これまでどちらかというと「国家に対して左巻き」なものに対して 批判的に書いてきましたが、 左右どちらに偏りすぎてもバランスの悪い社会になってしまいます。

「国家に対して右巻き」の人に欠けがちな観点を考えてみましょう。 まず、国民は、国家の一員である前に一人の人間である、ということです。 「国家に対して右巻き」の人は、個人を国家の一部と考えてしまうため、 個人の自由や人権をないがしろにしがちな傾向があります。 「個人あっての国家」なのだという認識を忘れないことが大事です。

個人に対して国家権力が強くなりすぎると、 独裁的な国家になっていずれ破綻してしまいます。 また、「自国の産業」については、 保護主義が行き過ぎると鎖国のような状態になってしまうかもしれません。 その先にあるのはゆるやかな衰退です。

次に、「国家に対して左巻き」の人に欠けがちな観点を考えてみます。 まず、国民が平和に暮らせているのは国家があるおかげだ、ということです。 「国家に対して左巻き」の人は、国家と個人を対立軸で考えてしまう傾向があります。 「国家あっての個人」なのだという認識を忘れないことが大事です。

自分たちの国家が弱くなれば、 他の国家に食い物にされて、個人の人権どころか生存も危うくなるのです。 ウクライナにおいて、クリミア半島を併合したロシアの事例がありましたが、 あれと同じようなことはどこでも起こりうることです。 いくら口で反戦平和を唱えたところで、力のない正義は無力なのが現実です。

「右巻き」や「左巻き」自体に善悪はなく、あるのは選択

結局、「右巻き」も「左巻き」も、どちらが良い悪いということはありません。 「何か」を何に置くかによって意味するところは変わりますし、 どちらの立場を選ぶかは個々人の「価値観」で決まるため、正解はないのです。

最終的に、より多くの人々が幸せに生きていけるように、 「国家」「資本」「環境」「個人」といった要素の間で、 バランスを取っていくことが大事なんだろうと思います。

まとめ

  • 旧来の「右翼」「左翼」という定義は現代にそぐわない
  • 「○○に対して右巻き」とは、○○を強化するものと定義
  • 「○○に対して左巻き」とは、○○を弱化するものと定義
  • 混乱しないためには、「何に対して」の「強化」なのか「弱化」なのか、という整理が必要
  • 「国家」「資本」「環境」「個人」などの間でバランスを取ることが大事であろう

おわりに

如何でしたでしょうか。

まぁ、「右翼と左翼の再定義」などと仰々しいタイトルをつけましたが、 これで世の中の右翼と左翼の定義が刷新されるなどとは思っておりません(^_^;

ただ現代において、右と左についての整理のつかなさ、 モヤモヤ感のようなものが、多くの人にあることと思います。 そんな状況を、新たな視座を提供することによって、 少しでも解きほぐしていくことができれば… と思っております。




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